誤差と補正
擬似距離に乗る誤差を、わかっているものから順に引き算していく — 数mからcmへ
擬似距離の中身 — 補正とは「既知の誤差を引く」こと
擬似距離のページで見たとおり、受信機が測る距離 ρ は、幾何学的な真の距離 r にいろいろな誤差が積み重なったものです:
このうち δt受信機 は測位計算で未知数として解かれます(4機必要な理由)。残りのうち「モデルや観測で値がわかるもの」を引き算するのが補正です。衛星クロック δt衛星 ・電離層 I ・対流圏 T は、放送情報・モデル・2周波観測・外部補強のいずれかで推定して消せます。マルチパスと雑音は「消せずに残る」ランダム誤差です。
宇宙から地上まで — 誤差はどこで生まれるか
縦方向は模式図(実際の縮尺ではありません)。信号は衛星(高度約2万km)から降り、電離層と対流圏を通り抜けて受信機に届きます。下のシミュレーターで補正を切り替えると、除去された層が薄くなり「✓」が付きます。
補正シミュレーター — 補正を足すほど誤差が縮む
数値は教材用の代表値(1σ)。実際は仰角・時間帯・地域で大きく変わります。UERE(User Equivalent Range Error)は各衛星の距離誤差の総合値で、位置誤差は概ね UERE × DOP。「補正なし」の衛星クロックは代表値で示していますが、放送暦で補正しなければ実際はさらに桁違いに大きくなります。
補正の中身 — 誤差ごとの正体と消し方
衛星クロック補正
衛星の原子時計も完璧ではなく、少しずつずれます。管制局が監視し、ずれの係数 af0/af1/af2 を航法メッセージで放送。受信機はこれを使って時計誤差を引きます。1μs=300mの世界なので必須。
衛星軌道(暦)補正
衛星の「本当の位置」も予報値とわずかにずれます。エフェメリス(放送暦)で衛星位置を計算しますが、これ自体に誤差が残る。精密暦(IGSやCLAS)を使うとcm級まで詰められます。
電離層補正
上空の電離層が電波を遅らせます。遅れは周波数によって違うのが鍵。1周波なら放送のKlobucharモデルで約半分だけ除去。2周波(L1+L5)なら差から遅延を計算してほぼ完全に消せます。
対流圏補正
地表付近の大気(乾燥大気+水蒸気)による遅延。周波数に依存しないので2周波では消せず、モデル(Saastamoinenなど)+仰角のマッピングで補正します。乾燥成分はよく当たり、水蒸気が残差。
受信機雑音(残る誤差)
相関・追尾に伴うランダムな測定ばらつき。コード擬似距離では大きめ、搬送波位相を使うと桁違いに小さくなります(RTK/PPPがcm級になる一因)。
このほか、相対論効果(軌道の楕円性による周期変動)・TGD(信号間の機器遅延)・地球自転(Sagnac効果)も補正されますが、いずれも計算式が確定していて残差はごく小さいので、上のシミュレーターでは省略しています。
補正はどこから来るのか — 3つの供給源
| 供給源 | 対象 | 届き方 | 精度の目安 |
|---|---|---|---|
| 放送(航法メッセージ) | 衛星クロック・軌道、電離層(Klobuchar) | 衛星の信号に同梱 | 単独測位 数m |
| 受信機内モデル | 対流圏、(2周波なら)電離層除去 | 受信機が計算 | 2周波 1〜2m |
| 外部補強 — 広域 SBAS / MADOCA-PPP | 衛星クロック・軌道・電離層グリッド | 静止衛星やQZSSから放送 | SBAS 約1m |
| 外部補強 — 高精度 RTK / PPP / CLAS | すべて+搬送波位相の整数解 | 基準局通信網、またはQZSS L6 | 数cm |
通常RTKは基準局からの補正データを携帯回線で受け取りますが、QZSSのCLAS(L6)は補正情報を衛星から直接放送するので、通信契約なしでcm級が得られます。「補正データをどう届けるか」がGNSS高精度化の主戦場です。
2周波でなぜ電離層を消せるのか
電離層による遅延は、周波数 f の2乗に反比例します(遅延 ∝ 1/f²)。だからL1(1575.42MHz)とL5(1176.45MHz)で同じ衛星を測ると、遅延の量が違うぶんだけ2つの擬似距離に差が出ます。この差は電離層遅延そのものが原因なので、逆算すれば遅延量が計算でき、両方から引き去れば電離層フリーの距離が得られます。
1周波受信機は差が取れないので、放送されたKlobucharモデル(大まかな形の関数)で推定するしかなく、平均して半分程度しか消せません。周波数帯マップで見た「なぜ複数周波数か」の答えが、まさにこれです。
対流圏は2周波で消せない — だからモデルで殴る
対流圏(地表〜約十数kmの中性大気)の遅延は周波数に依存しません。L1でもL5でも同じだけ遅れるので、2周波の差分では消えません。そこで大気の物理モデル(Saastamoinen法やHopfield法)で天頂方向の遅延を推定し、仰角に応じたマッピング関数で斜め方向に換算して引きます。
遅延は「乾燥大気成分(約90%)」と「水蒸気成分(約10%)」に分かれ、乾燥成分は気圧からよく決まります。厄介なのは水蒸気で、時々刻々変わるため残差になります。逆にこの性質を利用して、GNSSで大気中の水蒸気量を測る「GNSS気象学」という応用もあります。
補強システムの見取り図 — DGPSからPPP-RTKまで
DGPS: 近くの基準局が「今この誤差が出ている」と補正量を放送。距離が離れると効かなくなる古典的手法。
SBAS(日本のMSAS、米WAASなど): 静止衛星から広域の補正(衛星クロック・軌道と電離層グリッド)を放送。約1m級で、航空分野の定番。
RTK: 基準局の搬送波位相データを使い、整数値バイアス(整数アンビギュイティ)を解いてcm級を実現。基準局から数十km以内が目安(アンビギュイティ/サイクルスリップの詳細は 高精度測位)。
PPP: 基準局なしで、精密な衛星クロック・軌道の全球補正だけを使う方式。世界中どこでも使えるが、収束(初期化)に時間がかかる。
PPP-RTK / CLAS: PPPに地域の大気補正を足して、RTK並みの精度を短時間で。QZSSのCLASはこれをL6で衛星から直接放送する日本独自の実装で、基準局への通信なしにcm級が得られます。
この流れは受信の流れの「補正処理」ブロックに直結します。どの補強を使うかで、同じ受信機でも数mからcmまで精度が変わります。