QZSS みちびき

日本の準天頂衛星システム — 八の字を描いて日本の真上に居座る、地域特化型GNSS

八の字軌道 — 24時間の動きを見る

地上軌跡(衛星の真下の点が地表に描く線)。3機の準天頂衛星が同じ八の字を8時間ずつずれて回る。橙の◆は静止軌道のJ03。

東京から見た仰角の24時間変化。緑の帯は「仰角70°以上の衛星が最低1機ある」時間帯 — ほぼ一日中続く。

経過 00:00

なぜ八の字になるのか

軌道要素QZSSの値効果
周期約23時間56分地球の自転と同期 → 毎日同じ場所に戻る(=軌跡が閉じる)
軌道傾斜角 i約41°赤道から南北に振れる → 八の字の縦の広がり
離心率 e約0.075楕円軌道。遠地点でゆっくり動く → 八の字の上下非対称
近地点引数 ω約270°遠地点を北半球側に置く → 日本上空での滞在が長くなる

静止衛星(傾斜角0°)は空の一点に止まって見えます。そこに傾斜を与えると、衛星は1日かけて赤道の南北を往復し、地上から見ると八の字を描きます。QZSSはさらに楕円にして「北側でゆっくり、南側で素早く」動かすことで、日本の真上に長く留まるように設計されています。1機あたり約8時間、日本上空を担当します。

高仰角であることの価値

GPSの衛星は空のどこにいるか選べません。低い仰角の衛星はビルや山に隠れ、マルチパスも拾いやすくなります。QZSSはほぼ真上にいるので:

都市の谷間に強い

ビルに挟まれた道でも天頂は見えている。アーバンキャニオンで衛星数を稼げる。

山間部・森林でも

斜面や樹冠の影響を受けにくい。低仰角の衛星から順に失うので、天頂は最後まで残る。

マルチパスが少ない

真上から来る信号は反射経路が短く、誤差になりにくい。

大気の影響も小さい

斜めに入るほど電離層・対流圏の通過距離が長い。天頂は最短距離。

QZSS独自のサービス

L1C/A · L1C · L2C · L5

GPS互換の測位信号

PRN 193〜のGPS互換信号。受信機から見れば「GPS衛星が増えた」のと同じで、対応のための改造は不要。航法メッセージもGPS互換。

L1S

サブメータ級測位補強(SLAS)

電子基準点の観測から誤差を推定して放送。単独測位を1m級に改善。L1と同じ周波数なのでアンテナ・RF部はそのまま使える。

L1S

災害・危機管理通報(災危通報)

気象庁などの防災情報(地震・津波・噴火・気象警報など)を衛星から直接放送。携帯圏外・輻輳時でも届く、測位以外の公共サービス。

L6D

センチメータ級測位補強(CLAS)

PPP-RTK方式の補正情報を放送し、数cm級の測位を実現。基準局への通信契約なしで高精度が得られるのが特徴。自動運転・農機・測量向け。

L6E

MADOCA-PPP

PPP方式の補正をアジア・オセアニアの広域に配信。CLASより広いエリアをカバーする(収束に時間はかかる)。

S帯

衛星安否確認サービス(Q-ANPI)

災害時、避難所などから衛星経由で安否情報を送る(上り回線)。地上通信が途絶しても情報を届けられる、GNSSとしては珍しい双方向サービス。

認証

信号認証サービス

放送する信号・補強情報に電子署名を付け、受信機が「本物のみちびきが送った情報か」を検証できる。スプーフィングへの直接的な対策。

リージョナルGNSS — QZSSとNavICという選択

種別システム機数の目安カバー範囲設計思想
グローバルGPS(米国)約31機全世界中軌道(MEO)に多数を配置し、地球上どこでも4機以上見えるようにする。膨大な機数と運用コストが必要。
GLONASS(ロシア)約24機全世界
Galileo(欧州)約28機全世界
BeiDou(中国)約45機全世界
リージョナルQZSS(日本)4機 → 7機へ日本・アジアオセアニア少数の衛星を自国上空に集中配置。単独で測位するのではなく、GPS等を補完・補強する。少ない機数で自国に最適化できるのが強み。
NavIC(インド)約7機インドと周辺

QZSSとNavICはどちらもリージョナル(地域)システムです。ただし配置の考え方は対照的: QZSSは準天頂軌道(傾斜した八の字)で天頂の見通しを稼ぐのに対し、NavICは静止衛星と傾斜静止軌道の組み合わせでインド上空をカバーし、さらにL5とS帯という独自の周波数構成を採ります(周波数帯マップ参照)。「全世界に均等」より「自国に手厚く」を選ぶと、少ない衛星で大きな効果が得られる — これがリージョナルの設計哲学です。

「補完」と「補強」— QZSSの2つの役割

補完(Complement): GPSと同じ形式の信号を出すことで、単純に「見える衛星を増やす」役割。都市部でGPSだけでは4機に足りない状況でも、天頂のQZSSが加われば測位できます。受信機側の対応が容易なのがポイントで、いまどきのスマホはたいてい対応済みです。

補強(Augmentation): 誤差の補正情報を配る役割。L1SのSLAS(1m級)とL6のCLAS(cm級)がこれにあたります。通常こうした高精度測位には基準局データを受け取るための通信回線(携帯網)が必要ですが、QZSSは衛星から直接ばらまくので、圏外の山間部や海上でも高精度が使えます。

この「補完+補強」というセットは、少数機のリージョナルシステムだからこそ成立する設計です。全世界をカバーする必要がないぶん、日本に必要な機能を厚く積める、というわけです。

準天頂軌道の設計を数字で追う

周期を恒星日(23時間56分4秒)に合わせると、衛星は地球の自転とぴったり同期します。座標のページで見たケプラー軌道の式でいえば、軌道長半径 a ≈ 42,164 km(静止軌道と同じ)。

ここで傾斜角を0にすれば静止衛星ですが、41°傾けると衛星は赤道の南北を1日かけて往復します。地上から見た軌跡が八の字になるのは、この南北運動と地球自転のわずかなズレの合成です。さらに離心率0.075の楕円にして遠地点(=ゆっくり動く点)を北半球に置くと、北側のループが大きく引き伸ばされ、日本の上に長居する形になります。

結果として1機が日本上空(高仰角)にいるのは1日あたり約8時間。だから3機を8時間ずつずらして配置すれば、24時間切れ目なく「天頂に1機」が実現します。左の地上軌跡で3機が同じ八の字を追いかけているのは、そのためです。

体制の拡張と、これから

QZSSは初号機「みちびき」の打ち上げ(2010年)から始まり、2018年に4機体制でサービスを開始しました。現在は準天頂軌道3機+静止軌道1機の構成です。7機体制への拡張が進められており、将来的にはさらに機数を増やす構想もあります。

7機になると何が変わるか: 現在の4機体制では、GPSが使えない状況でQZSSだけで測位することはできません(測位には最低4機必要、擬似距離のページ参照)。7機体制では日本上空で常時4機以上が見える状態に近づき、QZSS単独での測位(持続測位能力)に道が開けます。他国のシステムに依存しない測位基盤を持つ、という安全保障上の意味も大きいテーマです。