高精度測位 — cmへの2つの壁
搬送波位相でmm級へ。ただし「整数アンビギュイティ」と「サイクルスリップ」を越えねばならない
なぜ搬送波位相なのか — 精度の階段
コードの相関で測る擬似距離は、目盛り(C/Aのチップ)が約300mと粗く、精度は数m級。もっと上を目指すなら、コードではなく搬送波そのものの位相を測ります。L1搬送波の波長はわずか約19cm。その位相を1/100まで読めばmm級の分解能です。
コード擬似距離
チップ長 約300m。単独測位の基本。
搬送波・フロート解
波数が未確定のまま概算。
搬送波・フィックス解
波数を整数に確定できた状態。
目盛りが細かいほど高精度。ただし搬送波はどの波も同じ形の繰り返しなので、「今測っている位相が何波長目のものか」が分かりません。これが最初の壁 —— 整数アンビギュイティです。
壁① 整数アンビギュイティ(フロート→フィックス)
搬送波位相の測定値は「小数部の位相」+「整数 N 波長ぶん」。位相の小数部は精密に測れますが、整数 N が未知です。ポイントは N が“整数”だと分かっていること。だから「連続量として概算(フロート解)」→「正しい整数に確定(フィックス解)」の2段で解きます。下で、観測を増やす/基準局と組む(二重差分)と、あいまいな推定が正しい波長の目盛りにスナップする様子を見てください。
縦の細い目盛りは波長19cm間隔の候補(=Nの候補)。山(フロート解)の広がりσが波長の1/4より狭くなると、最も近い整数目盛りに確信を持って確定=フィックス。単独ではなかなか確定せず、基準局との二重差分(RTK)で共通誤差が消えると一気に決まります。実際は多次元の探索を効率化するLAMBDA法と、確定の妥当性を見るRatio検定が使われます。
壁② サイクルスリップ(追尾の途切れ)
いったんフィックスできても、追尾が一瞬でも途切れると壊れます。ビル影・急な動き・電離層擾乱で受信機のPLLが波を数え損なうと、積算していた位相カウントが整数波長ぶん飛ぶ —— これがサイクルスリップ。連続だったはずの位相データに段差が出ます。放置すると位置が飛ぶので、検出して修復(±整数を戻す)か、アンビギュイティを解き直します。
本来なめらかなはずの位相(幾何フリー結合など)に段差=スリップ。検出は「隣り合う時刻の差が大きすぎる」「ドップラーから予想した位相とズレる」等で行い、修復は段差ぶんの整数を足し戻します。低仰角・電離層が荒れる時ほど多発します。
高精度測位のやり方 — RTK / PPP / PPP-RTK
| 方式 | 補正の源 | Nの解き方 | 収束 | 精度 | 基準局 |
|---|---|---|---|---|---|
| RTK | 近くの基準局(数十km以内) | 二重差分で素早く整数化 | 数秒 | cm | 必要(近傍) |
| ネットワークRTK | 基準局“網”からの面補正(VRS等) | 広域でも二重差分 | 数秒 | cm | 網(数十km間隔) |
| PPP | 精密軌道・時計(全球) | 単独でNを推定 | 数十分 | cm〜dm | 不要(補正は通信で受信) |
| PPP-RTK(例: CLAS) | 面的な補正情報(地域) | 速いN確定 | 数秒〜分 | cm | 網→衛星で放送 |
RTKは「近くの基準局と差を取る」ので速くて正確だが基準局が要る。PPPは「精密な補正さえ受け取れれば単独で」高精度だが収束が遅い。その“いいとこ取り”がPPP-RTKで、QZSSのCLAS(L6)は基準局契約なしに面補正を放送して数cmを狙います。誤差要因そのものは 誤差と補正 を参照。
補正方式で分かれる — OSR と SSR
高精度化の“補正の届け方”は大きく2系統。OSR(観測空間補正)は基準局の観測値そのものの差を使う方式(RTK。GPSで行うので古くからRTK-GPS/RTK測位とも呼ばれます)。近ければ即フィックス・高精度だが、離れると精度が落ち、双方向の通信が要りがち。SSR(状態空間補正)は誤差を軌道・時計・電離層・対流圏など原因ごとの“状態量”に分けて配信する方式(PPP/PPP-RTK)。広域に片方向で放送でき、みちびきのL6なら通信契約なしで届きます。電離層まで含む面補正なら収束が速くRTK並み(=PPP-RTK=CLAS)、含まず全球向けだと収束が遅い(=PPP=MADOCA-PPP)。
| 項目 | RTK / ネットワークRTK | PPP-RTK(CLAS) | PPP(MADOCA-PPP) |
|---|---|---|---|
| 補正方式 | OSR(観測空間) | SSR(状態空間) | SSR(状態空間) |
| 補正の中身 | 基準局の生観測/面補正(VRS) | 軌道・時計+電離層・対流圏の面補正 | 精密な軌道・時計(全球) |
| 配信手段 | 携帯・インターネット(双方向的) | みちびき L6D 放送(片方向) | みちびき L6E 放送(片方向) |
| カバレッジ | 基準局の近傍/網の範囲 | 日本(国土) | アジア・オセアニア(広域) |
| 水平精度 | ~1–2 cm | 数 cm | 数〜十数 cm |
| 収束(初期化) | 数秒(即フィックス) | 数十秒〜1分 | 数分〜数十分 |
| 基準局 | 必要(近傍/網) | 電子基準点網 → 衛星放送 | 不要(全球精密プロダクト) |
| 通信・契約 | 必要 | 不要(受信のみ) | 不要(受信のみ) |
| 向く用途 | 測量・建機・自動運転(近傍で最高精度) | 国内の高精度・移動体 | 広域・海上・契約したくない用途 |
ざっくり: 近くに基準局があるならRTK(最速・最高精度)、国内で契約なしに高精度が欲しいならCLAS、広いエリアをカバーしたいならMADOCA-PPP。CLASとMADOCA-PPPは同じみちびきのL6信号で届く補強サービスで、通信契約なしに使えるのが日本の強みです。